上司に頼まれ(半ば脅された)
アカデミーの講師を受けた。

人と関わるのが
正直、苦手な俺は、

もちろん楽しめるわけもなく。

優秀な生徒は生徒で
感心する機会も多かったが、

それ以上に軍人意識の低い
生徒達にイライラすることが多かった。


とりあえず、早く終れと
常に思いながらやっていたが・・・

最終日前日に出会った
彼女の存在で、

最終日の今日は
今までの人生の中で

一番・・・・良かれ悪しかれ、
気持ちがふらふらした。













ターガール
*後半*













「・・・・・だから、この場合は火力を30%
抑えて・・・・」

スクリーンに映されたモビルスーツの
プログラミングを説明する。

暗くなった広い講義室には
沢山の生徒がこころせましと座っており、

彼らの表情を分別することはできない。


今までなら、そんなもの
気にしすらしていなかった。

いや、だいたい生徒の顔なんて見て
どうするんだ。

本職教官ではないのだ。

そこまで面倒はごめんだ。


しかし、今日は違う。


見えるはずもないのに、知らず知らず
のうちに彼女を探している。


(・・・・重症だな。)

「・・・・以上、アスラン・ザラによる講義、午前の部を
終了する。」


俺が一通り終えると、
教官のアナウンスが入った。

その瞬間、ブーーーッというブザー音が鳴り、
広い講義室の電気がつき、明るくなった。


ざわざわと室内は一気に
厳粛な雰囲気を失い、

生徒達は出口へと足を進める。

何人かの女子生徒は俺のほうを向いて
何かを喋っている。


(・・・・・・・あの中には、あいつは
絶対に入ってないだろうな・・・。)

それは重々承知なのだが、

いつもは目を合わさないように気をつけている
集団に視線をなげる。

だって、『もしかしたら』が
あるかもしれないじゃないか。


「きゃー!こっち見た!!」

「やっぱりカッコいい〜vv」

「本当完璧な人っているんだねっvv」


しかし、俺を待っていたのは
黄色い声だけだった。


居ない事くらいわかっていたが、
いざいないと、何だか物悲しい気持ちになった。


(なんだかなぁ。)

俺は、溜息を吐きながら
講義に使った資料を鞄に入れ、
早々にその講義室を後にした。














(・・・・・ありえない。)


夕方。

ほとんどの生徒が帰って静かに
収まっているアカデミーの校庭を一人
ぽつん、と俺は歩く。


(夕焼けが綺麗だなぁ。)


・・・現実逃避はよそう。


一週間にわたる特別講師は
やっと終わった。

ずっと、望んでいたはずの瞬間だ。

なのに、晴れない気分が
充満している。


それは確実に彼女に会えなかったのが
原因であり。


確かに、アカデミーには沢山の生徒が
通っている。

特定の一人と会えることなど
不可能に近い。

解っている。

そんなの十分すぎるほどに。

彼女についてわかること、
と言ったって『』って名前くらいだ。


会えるほうがおかしい。
そんなの解っている。


だが、何故か妙に期待していた
自分が居て・・・・


結局、引っ張りに引っ張り、
こんな時間までアカデミー内を
徘徊してしまった。


しかも


「・・・会えなかったな・・・・。」


はぁ・・と、また一つ思い溜息を吐き、
歩みを進める。


校門まで、
あと、わずか10メートル。

あれをくぐれば、もう終りだ。

思わず、歩くスピードがゆっくりになる。


未練ありすぎだろ。

俺。



だが、可能性がないと解っていても
それを捨てられない俺が居る。

それは、今まで知らなかった
自分の面。


(なんか・・・虚しい。)


また重く溜息を吐く・・・と



ぱたぱたぱた・・・

前方から急いで走っている足音が
近づいてくる。


「?」

ふと顔をあげると、
誰かが校門から猛ダッシュで入ってきた。

夕焼けが反射して
誰なのか判別がつかない。



ついたのは、俺の隣を
過ぎた後。


「・・・・・・・・・・ッ!!」

ばしっ

次の瞬間、反射神経をマックスに
働かせ、彼女の腕を掴んだ。


「!?」

彼女は瞳をこれでもかっとばかりに
見開いている。

それはそうだろう。

急に腕を掴まれたのだから。


もちろん、自分の急すぎる行動に
俺も驚いている。



「・・・・・・・・わ・悪い・・・っ」

一応、謝るが俺の手は
意思に反して彼女の手を離そうとしない。

そんな俺を彼女は
じっと見詰めてくる。

それには、不覚にも
かぁっと頬が火照った。

大丈夫だ。

きっと夕焼けが誤魔化してくれる・・・ハズ。


「・・・・昨日の仕返し・・・・」



彼女から発せられた言葉に
俺は内心焦った。

た・・・確かにそう取られても
おかしくない。

だが、そう取られると
非常に不味い・・・・!



「ち・ちが・・・・っ」

「ってわけでもなさそうですね。」

「え・・・・?」

俺が呆然としていると、彼女はすっと優しく
俺の手から自分の手を抜いた。


「・・・・・なんですか。
その甘ったるい顔は。」

「えっ!?」

彼女の言葉に俺はびっくりして、
自分の顔を触った。


あ・・・・
甘ったるい顔!?



ふっ

「え?」

びっくりして、言葉を出せずに居ると、
彼女の手の変わりに、小さな固形のものを
握らされた。

「!?」

それが何なのか確認する前に、
彼女は俺から一歩離れ、




「厚かましいですが・・・昨日の無礼の謝罪と、
講義のお礼です。ザラ先生の講義・・・私は好きでしたよ。」



それだけ彼女は始終無表情で
言うと、踵を返して、

校舎の方へと
走っていった。


何かが握らされたほうの
拳をゆっくりと開けると・・・

そこには、焦げ茶の包装紙に包まれた
キャンディのようなものが一粒ちょこんとあり、

その包装紙には"bitter chocolate"
と印字されていた。


「・・・・・ビターチョコレート・・・・?」

思わず、笑ってしまった。

飾り気のない
焦げ茶の包装紙も

ビターチョコレートというのも
なんだかとても彼女らしくて。

苦いけど、やっぱり甘いところとか。




もう一度、彼女に会いたいと
思ったけれど、

はっと気づいた時には
彼女は視界からいなくなっていて。



だいぶ闇色に溶け込んだ
夕焼けを見上げて、

また会えることを
祈らずにはいられなかった。












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       2007/08/20  
更新日  2008/04/01  惶月 奏(おうづきかなで)